日本アルプス登山ルートガイド-核心部のルート案内
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五色ヶ原から立山室堂ルート

五色ヶ原〜獅子岳〜鬼岳〜龍王岳〜浄土山〜立山室堂ルート概要

登山コース案内

折立登山口から薬師岳を超え五色ヶ原へ至る縦走路の続きとしてご覧ください。

五色ヶ原の木道を進み、歴史あるロマンの古道が通っていたザラ峠に下り、獅子岳に登り返します。獅子岳上部の岩場がこのルートの核心部と言え、梯子や鎖場があります。しかし、さほど高度感は無く初心者でも通過は可能です。獅子岳の急登を過ぎると比較的平坦な道が続きます。すると、突如として鬼岳や龍王岳の岩峰群が目の前に大迫力で迫ります。素晴らしいの一言です。

龍王岳の南斜面をトラバースしながら登ると浄土山に至ります。浄土山から少し下ると直ぐに立山室堂のホテル立山が見えてきます。

五色ヶ原山荘から立山室堂までのコースタイムは約4時間を見ておけば大丈夫です。

※立山から剱岳へのルートは剱岳をご覧ください。
立山三山縦走などのコースも参照してください。


立山カルデラ

立山カルデラのジオラマ模型

立山カルデラは、立山連峰の南西に広がる東西約6.5km、南北約4.5km の大規模な窪地です。このカルデラは10万年以上前に活動した弥陀ケ原火山が地震や大雨などによって侵食されて出来た「浸食カルデラ」です。周辺には、跡津川断層をはじめ、いくつもの活断層が走り、地下の深いところまで非常に脆い地質となっています。1858年安政の飛越地震では、大鳶山、小鳶山などが崩れ、カルデラ内に土砂が厚く堆積しました。その時の莫大な土砂は現在でも不安定な状態で残っています。

富山平野を守るため、立山カルデラからの土砂の流出に備えて、常願寺川やその支流に多くの砂防堰堤が作られています。明治時代には人力によって工事用物資の輸送が行われていましたが、 砂防工事のための物資運搬の輸送力増強のために、1927年(昭和2年)より砂防工事専用軌道(トロッコ)の工事が着工されました。1965年(昭和40年)には千寿ヶ原から水谷までの延長18km (標高差640m )が全線開通しました。樺平の18段スイッチバック(標高差200m )は、歴史的価値が認められ、2006年(平成18年)7月28日に国の登録記念物に指定されました。

又、立山カルデラ内にある新湯から玉滴石が産出されています。親湯は常願寺川の源頭部にあり、水蒸気爆発によって出来た火口湖です。直径は約30mの円形で、水深は約5m、水温が約64度〜70度の強い酸性を示した温泉です。新湯はオパールの一種である鉱物「玉滴石」の国内有数の産出地として有名です。新湯の玉滴石は、お湯の中に豊富に含まれるシリカの球状体が岩片に吸着してマントルを形成し、大きく成長して球状で透明になったものです。2013年10月17日に国の天然記念物に指定されました。

富山地方鉄道立山線の終点駅である立山駅近くに富山県立立山カルデラ砂防博物館があり、砂防工事の歴史を学ぶことが出来ます。

ザラ峠を通る古道-厳冬の立山を横断した戦国武将佐々成政

ザラ峠を横断した佐々成政

五色ヶ原と獅子岳との鞍部にザラ峠があります。写真左手側が富山県を流れる常願寺川の源頭部、右手側に下ると黒部川へ至ります。正面の山が獅子岳です。そしてその奥に立山・雄山があります。

標高2348mのザラ峠を通る古道があったといいます。越中から富山平野を流れる常願寺川を遡り、立山温泉、新湯を経てザラ峠に至り、黒部川に下って黒部川を渡り、針ノ木谷を遡行し針ノ木峠を越えて針ノ木雪渓を下り、扇沢へ抜け、信州に至るルートでした。 当時は黒部ダムがなかったため、現在のように黒部湖は無く、黒部川を容易に渡れたものと思われます。

ザラ峠を戦国武将・佐々内蔵助成政(さつさくらのすけなりまさ)らの一行が、厳冬期の12月上旬から中旬にかけて超えたというのです。グレゴリ歴では1月の下旬に相当し、1年の中でも最も風雪の厳しい時期ということになります。

佐々成政は、織田信長の家臣であり、軍功により越前府中を賜り、後に越中富山城主となっています。「本能寺の変」で信長が急死すると、豊臣秀吉が政治的力を持つようになってきます。成政は、徳川家康が信長の次男信雄を立てて秀吉に対抗したことに呼応しますが、秀吉が信雄と講和したため、家康は兵を率いてしまいます。そこで成政は、家康に再び秀吉と対抗させようと説得するためにこの行軍が決行されたというのです。

成政一行が越中富山から信州に出て浜松の家康のもとに赴いたことは、「家忠日記」や「当代記」などに記載があることから間違いありません。 しかし、厳冬期の北アルプスを横断することは、現在の装備をもってしても難しいと言わざるを得ません。ましてや、400年以上前、登山に素人の集団が、ザラ峠を超えたとは信じがたく、九州大学教授の服部英雄(1997年9月号、佐々成政「ザラ超え」の真実)は、立山のザラ峠ではなく、鎌倉街道のザラ峠、すなわち安房峠ではなかったのかという説を出しています。もしそうだとすれば、成政の立山越えは伝説に過ぎないと言うことになりますが、果たして真実はどこに。

参考文献:名山の日本史

ザラ峠から望む立山カルデラの動画

画像一覧

標高2500mの五色ヶ原山荘から出発します。1979年(昭和54)に2階建てに建て替えられました。宿泊には主に2階の和室は使われ、窓からは針ノ木岳がよく見えます。折立から薬師岳を越えて五色ヶ原までのルートを参照してください。

池塘が点在する五色ヶ原から立山に向け木道を歩きます。登山ルートは右手のピーク(獅子岳)を急登します。広大な溶岩台地の上に広がる草原地帯の五色ヶ原は、例年7月まで多くの残雪があり、雪解けと共にハクサンイチゲ、チングルマなど多くの高山植物が百花繚乱のお花畑になり、まさに、天上の楽園です。

木道を少し歩いた所から五色ヶ原山荘振り返る。例年、9月になっても、山荘の背後の山(鳶山、鷲山)の山腹に多くの雪渓が残ります。今年は僅かに残るのみで、水の確保に苦労している様です。とは言え、飲み水は無料で宿泊者ばかりではなくテント泊の人々にも供給されています。

ザラ峠で一気に落ち込んでいます。立山カルデラの縁に沿って木道が付けられています。ザラ峠からの登り返しでは、獅子岳の斜面にジグザグに登山道が刻まれているのが見えます。中央奥に聳えるのが立山の雄山です。登山道は、獅子岳に登り、左手方向の小さなコブ(鬼岳)の東側の斜面をトラバースし、その左手の龍王岳の山腹を西側から巻く様に付いています

立山カルデラの縁に沿うようにザラ峠に向かい下ります。ロープが付いているのは、進入禁止を示しています。写真撮影に気を取られて踏み出すと滑落してしまうリスクがあるからです。

標高2348mのザラ峠。古くから、立山連峰横断の古道が通っていたと言われています。織田信長の武将であった富山城主の佐々成政は、グレゴリオ暦に換算すると、1585年1月25日の厳冬季に浜松の徳川家康の元を訪れたと記録に残ります。

ザラ峠から黒部川方面を撮影。古道は、中ノ谷を黒部川まで下り、現在平ノ小屋がある場所から黒部川を渉り、針ノ木谷を遡行して針ノ木峠を越え、針ノ木大雪渓を下って扇沢、信濃大町へと出るルートです。当時は、黒部ダムがなかったので容易に黒部川を渡ることが可能でした。現在、この古道を辿る道は廃道となっていますが、上級者なら歩けないわけでも無さそうです。

ザラ峠から富山県側を撮影。常願寺川の源頭部を大きく立山カルデラの外輪山が取り囲んでいます。富山県側からの古道は、岩峅寺から弥陀ケ原へ出て、常願寺川を遡り、立山温泉を経てザラ峠に至るルートでした。

標高2348mのザラ峠から標高2741mの獅子岳まで標高差で393mの急登です。前半は、ハイマツ帯に刻まれた九十九折のザレた登山道です。

立山カルデラの縁に生息している雷鳥です。御嶽山や乗鞍岳を含む北アルプス全域と南アルプスに合計で約3000羽確認されています。絶滅危惧種に指定され、種の保存のため信州大学の教育学部理数科学教育専攻理科教育分野の中村浩志教授のグループでは様々な取り組みを行っています。

獅子岳の中腹では、ハイマツ帯が途切れ、高径草原の中をジグザグに登ります。浮石が多く、このルートを南下で使う場合にはスリップや転倒に注意が必要な場所です。

獅子岳上部の急斜面になると岩場が連続します。写真上部の岩場に梯子と鎖場があります。

ガレ場を急登し、右手側に回り込んだ岩場に梯子と鎖場の急斜面が待っています。

15段の梯子です。斜度は45°ほどで高度感はあまり感じません。梯子を登ると直ぐに連続して梯子が出てきます。

二段目の梯子登った所から振り返る。二段目の梯子は7段ほどで短いのですが、斜度は70度ほどあります。

二段目の梯子を登り、短めの鎖場が続きます。この辺りが、このルートの核心部と言えます。さほどの高度感は無いので初心者でも容易に越える事が出来ると思います。

鎖場を登り切った所から振り返って撮影。鎖場の上部の傾斜は緩くなっています。

鎖場を抜けると傾斜が緩み、ハイマツ帯の中を登ります。

前写真の位置から黒部湖側を撮影。深くえぐられた谷が中ノ谷です。この谷にザラ峠越えの古道が通っていました。溶岩台地状の地形になった所が五色ヶ原で、その奥に薬師岳が聳えています。その左手に黒部五郎岳などもよく見えます。

前写真の位置から五色ヶ原を撮影。小さく五色ヶ原山荘が確認出来ます。眼下にザラ峠があり、大きく崩壊した立山カルデラの縁に沿って登山道が見えています。右手の小高い山が鷲岳、その左手が鳶山です。そしてその遠景に薬師岳が聳えています。

前写真の位置から五色ヶ原を望遠で撮影。五色ヶ原山荘の奥の山が鳶山で、その麓に僅かに雪渓が認められます。鳶山から越中沢乗越まで一旦下り、その左手に登り返した所が越中沢岳です。そして大きな山体を横たえ存在感を示すのが薬師岳です。

大小様々な岩がゴロゴロした所ですが、傾斜が緩んでいるので安心して登っていけます。

獅子岳のピークに至るまでに二つの小さなコブがありますが、それらは東側を巻きながら進みます。

獅子岳手前の小さなコブの東側には岩場の通過があります。谷側の傾斜は緩いので、高度感はありません。

更に傾斜が緩み、緩斜面を進んだ先が獅子岳です。獅子岳の裏側に立山の一角が見えて来ました。

獅子岳山頂から望む龍王岳(左手)とその手前に小さなコブ状の鬼岳、そして右手中央に立山雄山。雄山の山頂に雄山神社社務所の建物も見えています。

獅子岳から下ると、ハイマツ帯の中を伸びる登山道が、鬼岳の東側(右手側)を巻く様に伸びているのが見えます。

獅子岳と鬼岳の鞍部の木道を進みます。登山道は、鬼岳手前で右手に折れ、鬼岳東側の稜線に登り上げています。

鬼岳の東側の稜線に上がる直前は、やや傾斜のきつい岩場になっています。

鬼岳東側の稜線に上がった所から振り返って獅子岳を撮影。獅子岳の山頂部では小さなピークをいくつか作っているのが確認出来ます。又、この辺りの斜面は見事なお花畑が広がり、雪渓が溶けると共にミヤマキンポウゲ、クルマユリ、ハクサンイチゲ、ヨツバシオガマなどが可憐な花を咲かせます。

鬼岳の東面は、日本百名山の著者深田久弥が天空の大伽藍と称賛した黒部五郎岳の大岩璧が連想されます。

鬼岳東面を形成する岩壁がそそり立った基部を巻きながら登って行きます。登るにつれ傾斜が増します。例年、夏山の早い時期には残雪が残ることもあり、フィックスロープも設置されています。雪渓を歩くのに慣れた登山者ならアイゼンは必要ありません。

鬼岳東面の基部を巻いた上部には梯子が架けられた急斜面です。この岩場を登り上げれば、緩斜面になります。

草付きの緩斜面を登った所で、正面に龍王岳が見えてきます。

龍王岳の東側の大岩璧が登山者の行く手に立ちはだかります。登山道は、山頂には登らず左手側を巻く様になっています。右手側に見えるピークは立山・雄山です。龍王岳主峰南陵リッジ群の中央の大きなバットレスC稜に取り付くクライマー数名のパーティーがいました。

龍王岳と鬼岳の鞍部から望む。登山道は、草付きの斜面をジグザグに左手上方に伸びています。

龍王岳の南側を巻きながら登って行きます。登山道はザレてスリップしやすいので、このルートを南下で使う場合には転倒に注意が必要です。

龍王岳の南側中腹で岩場に変わります。スタンスは豊富で、斜度は比較的緩いので問題無く登れます。

前写真の位置から鬼岳を振り返る。右手側に立山カルデラが落ち込み、その先に溶岩台地の五色ヶ原、そして遠景に薬師岳が見えています。

立山カルデラの全容。立山カルデラは、北側から天狗山、国見岳、室堂山、浄土山、龍王岳、鬼岳、獅子岳、鷲岳、鳶山が外輪山となり、常願寺川の源流部を取り囲んでいます。

龍王岳の西面まで登ると、傾斜が一気に緩み、正面に丸い山頂の浄土山が見えてきます。

龍王岳と浄土山の鞍部まで登り振り返る。龍王岳の山頂へは、登山道が付いているので、ここからピストンすることが出来ます。

浄土山南峰に建つ富山大学立山研究所。右手はベンチのある展望広場になっていて、立山室堂から雄山を目指す登山者の絶好の休憩ポイントになっています。

浄土山南峰から雄山を写す。鞍部に一ノ越山荘が建ち、そこを左手に下れば立山室堂へのルートが分岐しますが、今回は浄土山北峰を経由して立山室堂に下ります。どちらを通ってもさほどのコースタイムの差はありません。

浄土山北峰に向かいます。浄土山北峰の頂上に、日露戦争に従軍して戦死、戦病死された富山県人2595柱を合わせ祀った「軍人霊碑」が建立されています。

浄土山南峰と北峰との稜線から立山・雄山と剱岳を写す。

浄土山北峰から左手側に下って行きます。浄土山の奥に剱岳が聳えます。

立山室堂のバスターミナルが見えて来ました。右手にミクリガ池、遠景に大日岳です。

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五色ヶ原〜獅子岳〜鬼岳〜龍王岳〜浄土山〜立山室堂ルート地図

五色ヶ原〜獅子岳〜鬼岳〜龍王岳〜浄土山〜立山室堂ルート概要情報

ルート 9月1日〜2日
折立(標高1352m)⇒太郎平小屋(標高2330m)⇒薬師峠キャンプ場(標高2294m)⇒薬師平ケルン(標高2479m)⇒薬師岳山荘(標高2701m)⇒薬師岳(標高2926m)⇒北薬師岳(標高2900m)⇒間山(標高2585m)⇒スゴ乗越小屋(標高2286m)⇒スゴ乗越(標高2180m)⇒越中沢岳(標高2591m)⇒越中沢乗越(標高2356m)⇒鳶山(標高2616m)⇒五色ヶ原山荘(標高2490m)⇒ザラ峠(標高2348m)⇒獅子岳(標高2741m)⇒鬼岳(標高2750m)⇒龍王岳(標高2872m)⇒浄土山(標高2831m)⇒室堂山(標高2668m)⇒立山室堂バスターミナル(標高2450m)
コースタイム 折立⇒太郎平小屋:3時間15分、太郎平小屋⇒薬師岳:2時間40分、薬師岳⇒スゴ乗越小屋:2時間20分、スゴ乗越小屋⇒五色ヶ原山荘:5時間、五色ヶ原山荘⇒立山室堂:3時間50分。合計17時間5分。
駐車場 折立駐車場 バス停前の駐車場は収容台数が少ない。200m ほど離れた広場に大駐車場あり
扇沢駐車場の詳細
トイレ 折立登山口、太郎平小屋、薬師峠キャンプ場、薬師岳山荘、スゴ乗越小屋、五色ヶ原山荘、立山室堂バスターミナル
核心部 獅子岳上部の鎖場
難易度 [登山道(一般道)を10段階で表示 特に鎖場の岩登り] 3
飲料水必要量 5Kgの荷物を背負う場合
体重45kgの人:4.25リットル、体重60kgの人:5.53リットル、体重75kgの人:6.81リットル
消費カロリー 5Kgの荷物を背負う場合
体重45kgの人:7.905Kcal、体重60kgの人:10.277Kcal、体重75kgの人:12.648Kcal
燃焼脂肪量 5Kgの荷物を背負う場合のダイエット効果
体重45kgの人:1.129kg、体重60kgの人:1.468kg、体重75kgの人:1.807kg
標高差 距離 27.3km 最大標高差 1568m 平均斜度 全体:3.9% 上り:20.1% 下り:16.3% 獲得標高 上り:2971m 下り:1895m
山小屋 太郎平小屋、 薬師岳山荘、 スゴ乗越小屋、 五色ヶ原山荘、 一ノ越山荘、 雷鳥沢ヒュッテ、立山ホテル、ミクリガ池温泉、立山室堂山荘、ロッジ立山連峰
登山口までのアクセス 扇沢までのアクセスの詳細はこちら

次はどこの山へ行こうかな。行きたい山がすぐに見つかる。

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五色ヶ原から立山室堂は
「36.剣・立山 北アルプス」に収録されています。
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